<「ダイナフロンティア =薔薇の下の秘密=」サンプル>

【プロローグ】

何故か人間の男はヒュンケルを犯そうとする。
ヒュンケルが隠していると疑って糾弾し、彼の奥深くを暴き立てるような犯し方をする。ヒュンケルは何も持たないから、隠すこともできない。何もないのに、ないものを探そうとして、どんどん手酷い犯し方になる。

人間の女はヒュンケルを敵視する。
大事なものが遠ざかるのはヒュンケルのせいだと非難し、陰で彼を苛む。孤独な彼は誰にもすがれない。助けてと叫んでも、その声は無視される。

同性である男から征服対象とみなされる。ヒュンケルの何かがそうさせるのか。善人さえヒュンケルに狂った。狂わされた。

人間はみずからを棚にあげて言う。
あれに関わると不幸になる、と。

大魔王の庇護下でヒュンケルは初めて、地底魔城以来の安眠ができた。勇者の目が届かないカーテンの陰で、人間の男が触れてくることは、もうない。勇者が帰らない夜、侵入者に口を塞がれ、汚らわしい行為に及ばれることは、もうない。勇者に笑いかけている女が、テーブルクロスやスカートのひだに隠れてつねったり蹴飛ばしたり踏みつけたりすることは、もうない。

ここが幸せ、と思おうと努力する。
感謝しようと努力する。

ヒュンケルの居室には鍵がない。
大魔王の寵児である彼に手を出す者はなく、命の危険などない。

たびたびの夜、彼のもとに訪れる者たち。彼らは大魔王のために功績をたて、恩賞を預かっていた。ヒュンケルは彼等の前にひざまずいて、足を開いて、全身で歓待しなければならなかった。

ヒュンケルに自由はない。

ある時、ヒュンケルは大魔王からもらったものをすべて置いて出奔した。


1.山中の出会い

男がいた。
その名は"竜の騎士"バラン。
もっとも基本となる三界を司る3柱神が共同して生み出した究極生物とうたわれる。
その生死は尊い聖母竜が見守り、その戦場は三界すべてに渡る。
人間と同じ形をしながら「人生」は彼にとって縁のなきもの。
世界の均衡を崩す存在を追い求めて斬って潰して砕き続けてきた。
かの冥界の巨竜らを甚大な犠牲とともに滅亡さしめて役目を終えるはずだった。
運命の悪戯、否、これこそ運命だったか。
太陽の色を宿した姫君と出会って待望の一子を為した。神の子が太陽の血を継がせた奇跡。騎士の務めから解放されて、人の生を活きよと賜われたのだと、地に跪いて感謝した。
愛しい妻子のために身を砕ける幸福に浸っていた。
だが舞台は暗転する。
人間のもっとも暗い面が増大し、悪意が悲劇を生み、惨劇に至る。
かくして英雄はすべてを失い、行方知れずの我が子を探して流浪した。

とある国で拾った半魔族の子供とともに。

子供の名はラーハルト。
父は魔族、母は人間という。
父が早く死んだので母に育てられたが、その母は7歳で病死した。
魔王ハドラーの侵攻で不安になった村人から、魔族と繋がりを危険視されて、迫害を受けた心労が大きかったと思われる。
母を失った子供は村を捨てて森に移り住み、ひっそり暮らしてきた。ある日、ラーハルトの存在を知った近隣の村人に森を焼かれた。
命からがら山に逃げ込んで行き倒れていたのを、バランに拾われた。

バランと二人で流浪して7年がたっていた。




〜〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜



「バラン殿、ラーハルト殿」
ヒュンケルと名乗った子供は立ち上がり、優雅に一礼した。
まるで貴族の立ち振る舞いだ。
「改めてお礼を申し上げる。あなたがたの助けあって、山賊から逃れられた。この恩は忘れまい。必ずやお返しする。亡き父の名にかけて」
朗々と口上を述べる。
子供の顔に大人の表情が浮かんでいた。
バランは初めてヒュンケルの顔を見たような気がした。

ぶわはっ
ラーハルトが吹き出した音だ。
腹を抱えて笑っている。
「…何がおかしい?」
地を這う低い声。
バランはため息をついた。
「子供が背伸びした真似をするな」
むっとした顔でヒュンケルが主張する。
「もう子供じゃない」
ラーハルトがつっこむ。
「どう見ても子供だろ」
そこでヒュンケルが爆弾を落とした。
「子供じゃない!セックスもした!男も女も経験したし上手だってほめられた!」
何…?
バランの眉間が深く割れた。
ラーハルトの顎ががくんと下がった。
爆弾が再投下された。
「あ!なら、お礼に寝てやるよ!心を込めてご奉仕するから任せてくれ!」
あまりに明るく言われ、一瞬何を言われたか分からなかった。
竜騎士にクリティカルヒットダメージ。
メダパニ効果あり。竜騎士は混乱している。
ラーハルトには分かったらしく、先に青くなり、次に赤くなった。
「ちょ、ちょ、ちょ!何を言いやがる!お前まだ子供だろ!」
ヒュンケルは鼻で笑った。
「セックス未経験者は引っ込みな?俺はバランに言ってる」
「何だそのくくり!バラン様を呼び捨てにするな!俺は14だ!」
「え…俺13…年上かよ…」
ラーハルトが吠えた。
「お前のがガキじゃねーか!」



〜〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜


9.牢:尋問(R18)

ヒュンケルの意識が浮上した。
そろそろと指を動かす。手足に力を入れる。
拘束されていなかった。
目を開く。視覚に異常はない。
息を吸う。吐く。空気は普通だ。
身を起こした。体を触ったが、とりあえず異常はない。
見回すと10人ほどは優に入れそうな薄暗い部屋だった。
彼は床に寝かされていた。
隅に卓と椅子があり、ぼんやりとした灯りが照らしている。
ここはどこだろう。
最後の記憶は町長屋敷の応接間で、ふっつり途絶えている。
あれからどれくらい経ったのだろう。
壁には窓がなく、奥にドアが一つきりだった。
立ち上がってドアを叩くべきだろうか。
決めかねて座り込んでいた。
とりとめなく思考が泳いでいた。
自分は何をしているのだろう。
あそこから逃げ出して以来、探し出されないために力も使えない。
最愛の父から継いだ誇りも、剣さえも忘れ去ろうとしている。
今の自分はただの淫売でしか生きていけない。
ヒュンケルはぼんやりと思考の沼に沈んでいた。
そしたらドアが開いて男が複数入って来た。
知らない顔も知っている顔もいた。
知っている顔はヒュンケルが町で春を売った連中だ。
「よぉ起きたか」
明るく声をかけられた。
「…」
何を言ってよいかわからず、言葉を返し損ねて黙り込んだ。
「ん〜覚えていないか?俺だよ前に客になっただろ」
「…覚えてる…3人で…」
「お、良かった。頭ははっきりしているみたいだな」
男が笑った。
男たちが近寄って来た。
相変わらずヒュンケルは座り込んでいる。
嫌な予感がしたが、逃げられそうになかった。
男たちがヒュンケルを取り囲んだ。
諦めて彼らの出方をただ待った。